右と左は同時に見(ら)れない

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興味の範囲は幅広く。

【小説】僕の股間がMastodon(マストドン)

 今僕の目の前にはしわくちゃになったケツの汚れをまさに「ゴシゴシ」という擬音語でも聞こえてきそうなくらい激しく、泡のついたタオルを割れ目にそって行ったり来たりさせている老人がいる。

 

「あー、かわいいなー、クソ」

 

そう言って僕はゆっくりと頭まで湯船につかった。

 

ー時はほんの数時間前まで遡るー

 

空が茜色に染まる前に学校を出る。大体いつもこの時間だ。授業が終わり、図書室にいき、その日の宿題と授業の復習をして、家にて完成しているであろう夜ご飯を目指して帰宅する。

 

僕は帰宅時図書室から校門まで行くのに、大体の外で部活をしている奴等の姿を見ながら帰る。

 

見ながら帰るというのは語弊があるのかもしれない、目に入ってくるのだ。

 

学校の構造上、図書室から家に近い方の西門を目指して足を進めると自然とそういう部活をして汗を流している奴等の姿を目にいれながら帰らなければならないのだ。

 

野球部のかけ声、サッカー部のボールを蹴る音、テニス部の女子と男子の笑い声

 

青い春とでも言いたいのだろうか。

 

僕はそういう奴等の青い春の音や姿を見たり聞いたりすることを、ほんの少し煩わしく感じている。

 

高校生活の3年間がどれだけ貴重な時間なのか奴等は理解しているのだろうか。

 

部活をすることを無駄だと言っているつもりはない。

 

なんていったって僕の夏休みの楽しみと言えば、朝から放送されているアニメの再放送と高校野球の中継なのだから。

 

決勝に限らず、「良い試合」がなされる時には、涙は流さないにしても感動くらいはする。

 

なぜそこに感動が生れるのか、それは彼らが本気だからだ。

 

僕の価値観で貴重だと考える高校生活の時間を掛けてまでして、試合に勝ちたいと思っている、そこに本気を感じるからだ。

 

ウチの学校の奴等はどうだろうか、汗こそは流しているが、そこに本気は感じられない、日常生活で場の空気を読むことが苦手な僕でも奴等が流す汗が本気によって生れた物かそうでない物かは十分に分かる。

 

空気を読むうんぬんは抜きにしてもその証拠に部活の出席率に関して言えば過半数顔を出すだけではなまるを貰えるレベルだ。

 

どうやらこの学校にはファミレス部、マクドナルド部、カラオケ部などに兼部している人が多いらしい。

 

かくいう僕も図書室部ではあるが。

 

図書室部が本気かと聞かれると、間違いなくそれではない。

 

じゃあ勉学に勤しんでいる時間が無駄なのかと自問してみると首を横に振ることはできない。

 

では高校生活3年間の有意義な時間の使い方を教えてくれと言われると、答える事もできない。

 

無駄な事に時間を使うのか、無駄ではない事に時間を使うのか、有意義なことに時間を使うのか、どの道が正解なのかは、齢17という若すぎる僕の年では正しい答えを出すことができない。

 

そうして部活をしている奴等の姿を見て、部活の声や音が聞こえなくなったところでイヤホンから流れる音楽のボリュームを上げそれに耳を傾ける。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ただいまー、母さんご飯できてるー?」

 

帰宅後の会話はここから始まる。

 

365日中240日が学校に行く日だとすれば230日はこの会話から始まっているだろう。

 

「オムライスー」

 

これも毎回のことだ、ご飯ができているかと疑問系で聞いたのにもかかわらずに、母さんは料理名だけを声に出す、料理が完成しているしていないに関わらずだ。

 

少し早めの夜ご飯を対して興味もないテレビ番組を見ながら黙々と食べる。

 

母さんはご飯を食べるわけでもないのに、決まって僕が食事を取るときは同じ机に顔を合わせて座っている。

 

「今日で1学期も終わるけど、夏休みとかどう過ごすの?」

 

母さんはこうやって季節や時期毎に合わせて僕の近況や学校についての話題を差し込んでくる。

 

「別に」

 

思春期から反抗期を経験すると言われている僕くらいの年齢の奴ならこう答えるのかもしれないが、僕は特別反抗期は経験せず過度な思春期でもないので、それ相応に受け答える。

 

「図書館とゲームと時々学校」

 

この受け答えを聞いて、反抗期の内に入る返答だと感じる人もいるかもしれないが、同級生の奴等と比べると十分コミュニケーションを取っている方だ。

 

たぶん

 

「何その最近よくありがちのタイトルみたいなの、せっかくの夏休みその物語の中に女の子は出てくるのかしらねぇ」

 

「出てくるよ、泉ちゃんとかね」

 

「図書館で働いている親戚のお姉さんはカウントされませーん」

 

興味がないとは絶対に言わない、それを言ってしまうとなんだか負け惜しみに聞こえてしまうから。実際に興味が無いわけではないし、女の子を見てかわいいと思うことだってある。ガッキーとかがコンビニの雑誌コーナーで表紙になっていたら手を取るし。

 

学校の奴等もそうだけど、女がどうとか、男がどうとか、恋愛がどうとかって、僕にとってはリアルじゃない話だ。

 

ご飯を食べ終わり、ぬるすぎるお茶を喉に流し込む。

 

ご飯を食べたことによる体温の上昇で汗が出てきた。体に制服のシャツがひっつく。

 

目的もなくチャンネルをザッピングしていると、風呂場の方で母さんの声が

 

「あららららららららら」

 

耳だけお風呂場の方に傾ける、母さんがリビングに向かってくる足音が聞こえてきた。

 

「どうやらダメみたいだわ、しばらくかかるかもね-」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

「そのなにが?って聞いて欲しそうな独り言やめてくんない?結論を言ってよ」

 

「何よその言い方はー、そういうのってあれっていうんでしょ、こびたせてるだっけ?っていうんでしょ!」

 

どこで誰から教わった言葉なのかは分からないが、おそらく母さんは「こじらせてる」と言いたかったんだろう。

 

ちなみに僕は断じてこじらせていない、自己分析して自分を客観的に見てみても、ただ友達がちょっと少なくて、前髪がちょっと長めで、ちょっと一人が好きなだけで、だんじてこじらせてはいない、根暗ではあるかもしれないが、断じてこじらせてはいない。

 

必死で否定すればするほど、それを認めてしまっている気になるのはなぜだろうか。

 

「で、どうしたの?」

 

「いやねー、お風呂が壊れちゃったみたい、シャワーだけもだめね」

 

ご飯を食べているだけで汗が出てきてしまうこの季節にお風呂なしは相当なことだ。

 

「本当に?、工事ってどれくらいかかるんだろ」

 

母さんが工事の人に電話をして聞いてみたところ今日の分の作業は終了しており、少なくとも今日以降の工事になるようだ

 

「今日は銭湯ね」

 

銭湯なんて絶対に嫌だ、明確な理由はないが銭湯は嫌だ、でもそれを大きく否定するのはなんだか違う気がしたのでそれとなく否定した。

 

「銭湯はアレじゃない?」

 

苦しい、苦しすぎる、咄嗟に出た否定の言葉が「アレじゃない?」はあまりにも苦しすぎる。そもそもアレってなんなんだ、母さんが使っていたら速攻で否定してしまうような言葉を咄嗟に使ってしまった。

 

「あんたね~」

 

母さんがニヤニヤしている、この空気感、この言葉のやりとり、少し前に僕は過度な思春期ではないが、と言ったがどうやら僕はなかなかの思春期らしい。

 

自分がそれ相応の思春期だと認識すると同時にお正月だけ遊びに来る親戚のおじさんが酒に酔い、顔を真っ赤にして毎年言ってくる「おう、そろそろ下の毛も生えそろったか~?」というシーンを思い出した。

 

銭湯に行きたくない理由をあといくつか適当に並べて母さんに言ってみたが、初手の「アレじゃない?」という言葉が僕の負けを決定的にしていた。

 

「じゃああとで一緒にね」

 

母さんが笑う

 

一緒に行くわけにはいかない、銭湯の行き帰りに母さんと何を話せばいいんだ。

 

幸いにも母さんは工事の人との日程や、プランについて再び電話で話していたので、僕はさっさと用意をして電話をしている母さんにジャスチャーで伝えると、すぐに家から出て行った。

 

銭湯の場所は知っている、実際入ったことはないが、よく買い出しに行かされる肉屋の先を行ったところだ。

 

ゆっくり歩いて30分かかるところを早く歩いてできるだけ早く着こうとした。

 

ほら、遠くからでも分かるくらいに光っているあの自動販売機が目印だ、目が痛くなるくらいまぶしい自動販売

 

「よー、近くでみると凶器だな」

 

早歩きでかいてしまった汗を流すべく自動販売機との挨拶もほどほどに中へ入る。

 

その瞬間に湿った木の匂いと大量に焚かれているお湯の匂いがほんの少し息を切らしている僕の呼吸に流れてきた。

 

ガソリンスタンドの匂いが好きとか、紙の匂いが好きとかって話をたまに聞く。そういった話は僕にはまったく理解できないことだったが、今この瞬間の通り抜ける匂いに対し「悪くない、むしろ好きかも」と思った。

 

この銭湯はザ・銭湯と言わんばかりの造りで、番台におばさんが座っていて、そこから男女の脱衣所が見渡せる状態になっている。

 

そこでお金を払うときにおばさんと番台の仕切りの隙間から向こう側の脱衣所が見えそうになったが思春期の僕の脊髄が反射して無意識的に目を背けた。

 

「こんなとこ来る奴なんて老人しかいねぇだろ」

 

ため息が出た

 

実際男の脱衣所には何時間も煮込まれたおでんに入っているがんものような人達ばかりだった。

 

「目を背けて損したな、いや、むしろ得したか」

 

そして服を脱ぐ前にいつものくせでポケットになにか入ってないか、確認をする。

 

財布、ケータイ、イヤホンを取り出した時に気づいた。

 

「家の鍵がない」

 

母さんと一緒に出ない為に急いで用意してた上に鍵を閉める必要がないってことが相まって完全に持ってくるのを忘れていた。

 

どうするか考えた、ここで速攻入って、母さんが到着する前に出てくる。そうしたら鍵を受け取って、家に帰る。

 

だが少しリスキーすぎる、ここで母さんがここに到着するまでにお風呂から出てこられるという可能性は100%じゃない。

 

じゃあ先に入っておいて素直に母さんが出てくるのを待つか。

 

いや、それじゃあ結局母さんと一緒に帰るはめになってしまう。

 

「残された道はこれしかないか」

 

「すいません忘れ物したんで」と番台の人に声をかけ明るすぎる自動販売機の横にあるベンチに腰を掛けて母さんが来るのを待った。

 

これなら母さんと一緒に帰る必要はない。

 

日々の生活からいっても母さんが僕より早くお風呂から出てくることはないので、鍵を受け取り次第速攻でお風呂に入り、一人で先に帰ればいい

 

そうして携帯にイヤホンを差し込み音楽を聴きながら、ネットニュースを見て待つ。

 

そうしてしばらく待っていると、イヤホンから流れる音楽の向こう側から声が聞こえてきた。

 

「ーーーの?」

 

「ーーーしてーの?」

 

顔を上げるとそこには見慣れた制服を着ている女の子であろう人が立っていた。

 

明るすぎる自動販売機の光も角度適にうまくあたらず、顔がよく見えない。

 

制服のスカートからその人が女の子であるだろうと判断した。

 

僕がその瞬間から2秒ほどその女の子であろう人を見上げ唖然としていると、その人の手が僕の顔に伸びてきた。

 

予測もできない伸ばされた手に僕は驚き、咄嗟にイヤホンを取った。

 

「な、なにかな?」

 

そう言うと、その人は手を僕の顔の横に伸ばしたまま目を丸くした。

 

ほどほどすると手を引っ込め両手を腰の後ろで繋ぎ合わせ、微笑んだ。

 

「ビックリさせちゃった?なにしてるのかなー、って思って」

 

確かに女の子の声だった。

 

こっちの台詞でもあるのだが、そんな瞬発力のある返答を僕にはできるはずもなくそのままの事を伝えた。

 

「音楽聞いてるだけだよ」

 

女の子は腰で繫いだ手はそのままに首をかしげている。

 

「んー、それは分かるんだけどね、こんなところでなにしてるのかなって」

 

なんとなく理解した。ここのベンチにこの暑い中座っている理由を知りたいというわけだ。確かに涼しい時期ならまだしもこの季節に家族や知り合いの風呂上がりを待つのであれば、扇風機や冷房がある中で待てばいいわけだし、近くに有名スポットや飲食店があるわけでもないこのベンチを待ち合わせや休憩の場所に指定している人なんてまずいないだろう。

 

「あー、いろいろあってね、たいしたことはないし、話せば長くなるし、たぶん興味のないことだよ」

 

少し冷たいかもしれないが、実際にいろいろあったし、他人からすればたいしたことはないし、話せば長くなるし、たぶん興味のないことだ

 

「興味あるよ、いろいろあったならなおさらだし、たいしたことないことないし、話長いのはちょっと嫌だけど、興味もあるし」

 

話長いのは嫌なのかよ、まぁ、嫌か

 

「君変わってるね、ベンチに座っている理由を自分で考えて分かんなかったら、みんなにそうやって聞いてるの?」

 

彼女は目を丸くし、数回瞬きをしたところで、大きく笑った

 

「やだなー、私そんな不思議キャラじゃないよ、ここだけ、100メートル先の空き地の前に置いてあるベンチに誰かが座ってたって気にしやーしないよ」

 

「ここだけ?」

 

「そう、ここだけ。だってここ私の家だから」

 

「私の家だから?」

 

「うん」

 

「この銭湯が?」

 

「うん」

 

 

なるほど、確かにこの女の子の立場になって考えて、自分の家の前にまだ風呂に入ってないであろうことを想像させる使用感のないお風呂グッズを横に置き、前髪が長く、少し猫背気味で音楽を聴いている男がいたら気になってしまうだろう。

 

僕だったら声をかけることはないが

 

それを把握するとなんだかさっきまでの返答が急に失礼だったんじゃないかと思ってしまった。

 

「あ、そ、そうなんだ、ちょっと母さんを待っていて・・・」

 

やってしまった、完全にやってしまった。銭湯の前のベンチに座り母さんを待つ、なんか字面の雰囲気だけ見るとまるでマザコンみたいじゃないか。

 

この季節にあるはずもない枯れた落ち葉が風にふかれる

 

弁解をしようと思ったが、女の子は「へー、そうなんだ」の言葉を残してさっさと中に入ってしまった。

 

認めよう。寸分の狂いもなく僕は思春期だ。母親と一緒にいるところを見られるとか、母親と仲がいいとか、明確な理由もないのに拒絶してしまっているのは完全に思春期の傾向と言えるだろう。

 

しかも、それを女の子に、女の子にマザコンだと思われたかもしれないってことだ。

 

最悪だ

 

しかし冷静に考えると今の受け答えだけでマザコンと判断されるだろうか。少し焦りすぎじゃないか、いやでも

 

そうして背中を丸めてうなだれていた。猫背を通り越して、雌ヒョウのポーズのようになっていたかもしれない。

 

しばらくうなだれていると大きな音を立てて誰かが隣に座ってきた。

 

「や」

 

うなだれながら目線だけその誰かの方に向けると、みなれた制服、聞いたばかりの声、さっきの女の子だった。

 

姿勢を正す僕

 

「あ、さ、さっきぶり、どうしたの?」

 

「かばんおいてきた、さっきの話聞こうと思って」

 

「さっきの話?あぁ、さっきの話ね、僕がこのベンチに座っている理由」

 

とんだチャンスが舞い降りてきた。マザコンの神様はまだ僕を見放してはいなかったんだ。しかしマザコンの神様ってこの場合の僕からして味方なのか?マザコンを讃える人に普通味方するもんなんじゃ

 

なにかの神様ありがとう

 

懇切丁寧にここまでの経緯を説明した。マザコンだと思われたくないと感じさせないように、マザコンだと思われたくないと思われると逆に格好悪くなってしまうから

 

「大変だねぇ、でも故障してくれてありがと」

 

「なにそれ、結構い、大変なんだけどね、ここまで来るの」

 

「結構嫌なんだけどね」そう言いかけたが、直接的な意味でないにしても銭湯の家の娘に対して失礼になるかと思いその言葉を引っ込めた

 

「今のご時世、銭湯ってなんか流行らなくてね-、その上私の家は銭湯の中でも年季入ってるし。だから一人でもお客さんが増えてくれるのは銭湯経営者の娘としては嬉しいもんなのよ」

 

自営業の家の娘の気持ちとはそういうものなのか、父親の単身赴任でしばらく母さんと二人で暮らしている僕には分からない感情だ

 

「ていうか見た感じ年近そうだけど、いくつなの?」

 

「・・・17」

 

「一緒だ、西高と東高どっちに通ってるの?それとももしかしてエリートが通う花高?」

 

意味はないがなんとなく同じ高校に通っているという事を知られたくなかった。しかし少しの間を空けた後嘘をついても仕方がないと思ったので同じ学校であるという事を伝えた。

 

「一緒なんだ、ごめん気づかなかったや」

 

それはそうだろう、クラスが一緒ならまだしも学校に着いてからはトイレと図書室への移動と授業での教室移動以外ほとんど教室から出ないから

 

クラスが一緒でなくてよかった。クラスが一緒であったとしても「一緒なんだ、ごめん気づかなかったや」という言葉が返ってきそうだし、返ってきたとしたら雌ヒョウのポーズでサバンナまで行ってた所だ。

 

「でも明日の工事で直ると思うから、一回きりだと思うけどね」

 

「せっかくのお客さんが、400円しか落として行かないの?」

 

「落とすって、銭湯の娘おそるべしだね」

 

「お風呂直ってもまたたまに来てよ」

 

「行けたら行くよ」

 

高確率でこない結果になるであろう魔法の言葉を使ってしまった。

 

絶対に行かない

 

しかし、同じ年というのにすごく落ち着いている女の子だ、自営業の家の娘というのはみんなこんなにも落ち着いているものなのだろうか。

 

自動販売機の真横にいるせいで光は当たらず顔はよくみえないが、視界に入ってくる会話中の所作からもその落ち着きぶりが見えた。

 

そこから自分の学校の話や、夏休みのこと、共通の話題でしばらく話した。

 

「君ってなんかおもしろいね、遠回りしてるっていうか、自分を守ってるっていうか、言い表せないけどおもしろい」

 

興味深い、お笑い的におもしろい、女子高生的におもしろい、どういった類のおもしろいなのか

 

「それって褒めてはないよね」

 

「けなしてもないけどね」

 

母さんはまだこない、携帯の時計を見てみると僕が着いてからすでに25分が立っていた。

 

そういえば家族以外の人間とこんなに多くの言葉を交わしたのはいつぶりだろうか、学校では大体の時間本を読んで過ごし、唯一の友達と言える奴ともどちらかが話題をふっかけてそれに相槌を打つというだけの一方的キャッチボール。

 

それ以外の人間と会話が始まってここまで弾んだのはいつ以来だろうか。

 

引き戸が勢いよく引かれる音がした。

 

「ひかり!掃除するから店番して」

 

「はーい」

 

「ごめんね、店番しなきゃだから、それじゃあ」

 

そう言うと彼女は立ち上がり店に入ろうとした。

 

引き戸に手をかけようとしたところで彼女は勢いよく振り向いた。

 

人の顔を見ずに会話するという僕の癖。それがなくとも夜の暗さと、間隣に座っていたということでハッキリと彼女の顔は認識できていなかった。

 

振り向いた勢いによって膝丈より少し長いスカートが膨らむ。

 

明るすぎる自動販売機の光に照らされる。

 

僕の通う学校の制服、僕より少し小さいであろう背丈、髪は肩と耳の間くらいの長さ、ハッキリとしている顔立ち

 

満面の笑みで「またね」と言って中に入っていった。

 

もうしばらく待つと母さんが到着して鍵を預かった。

 

番台には掃除を終えたおばさんが座っていた。

 

放心状態と似たような状態になりながら、服を脱ぎ、体を洗う

 

湯船の中に入る

 

いつも入るお風呂の温度より確実に熱い

 

今僕の目の前にはしわくちゃになったケツの汚れをまさに「ゴシゴシ」という擬音語でも聞こえてきそうなくらい激しく、泡のついたタオルを割れ目にそって行ったり来たりさせている老人がいる。

 

「あー、かわいいなー、クソ」

 

そう言って僕はゆっくりと頭まで湯船につかった。

 

齢17の明日から夏休みが始まるというこの日、僕は銭湯の娘に恋をした